エンジンと生命(2005)

「エンジンと生命」

 「エンジンは車の心臓」という言葉をよく耳にします。私は、「レシプロエンジンも心臓も脈動している」という点に不思議な魅力を感じてきました。エンジンに生命の息吹を感じるのです。また、ガソリンは「化石」燃料、つまり、太古の生命からの贈り物、と考えてきました。「人と一体化した車は世界最高のサイボーグである」とも思います。そんな思いを持って、企業で環境対応型エンジンの燃焼改善研究に関わるとともに、様々な側面から生命に学び、新しい生命科学・技術を模索してきました。

 ワトソンとクリックらがDNAの螺旋構造を発見して以来、「生命の辞書」の作成は急激に進んでいますが、「生命の設計図」を手にするにはまだ程遠い感があります。機械工学は、複雑なシステムが効率的かつ安定して機能するように全体を「設計」します。今までは、主に自動車や航空機といったものを対象としてきましたが、この仕事のやり方は、生命科学の諸分野を融合して、「生命の設計図」に近づくためにも重要であると考えています。流体物理学・分子力学をベースとし、生命の基幹反応に関する新たな力学の構築をも進めています。

 以下の具体的課題について研究開発を進めています。 

バーチャルエンジン: (参考:エンジンテクノロジー, Vo.40, 2005年9月, 山海堂)

コンピュータの中で乱流燃焼現象を予測解析できるようにし、次世代エンジンを模索する。

バイオダイナミクス: (参考:日経サイエンス, 2005年6月号)

生命体内分子(DNA,RNA,アミノ酸,タンパク質など)の構造の必然性を明らかにし、機能分析を行う。

好熱菌等の極限的微生物利用研究:バイオダイナミクスをベースとし、生命起源に近いと言われる単純な微生物の理解を進め、その応用(バイオマス燃料生成や医療技術等)を目指している。

ソフトグラウンドビークル: (参考:自動車技術会2005年秋季大会前刷集No.136-05, 2005.)

巨大地震直後の軟弱土砂地や雪道(ソフトグラウンド)を、今までより自由に走破し、緊急情報収集や救命活動を行う車両の開発。(山形大学工学部と共同で開発中)

 未来機械の研究開発の魅力は、「世界に存在しない新しい形を産みだす」ところにあります。その一方で、現存する生命を深く理解することは、生命と機械の融和のために欠くことができません。

未来への熱い思いと先人への感謝に満ちた「久遠の理想」という言葉の響きに惹かれて25年ほど前、早稲田に入学し、修士課程終了後、子供の頃から憧れていたスカイラインという車の研究開発に関わりたく日産に入り、その後、大自然に恵まれた山形大学で生命科学研究にも没頭し、今春、母校に帰りました。この間、ドイツのアーヘン工科大学に数ヶ月間、滞在することがありましたが、そこで得た最も大切なことは、海外の進んだ技術ではなく、「日本の自然のすばらしさを再認識したこと」でした。ドイツに住んで、その空気を吸いながら歩いてみると、四季がないように感じたからです。日本には、樹齢1000年を超える桜の巨木や鮮烈な色彩を放つ紅葉なども含め、世界に例を見ない美しい自然があり、私達はその自然に感謝しつつ、自然体で生きてきました。このあり方は、次代の科学技術を生み出すために良い風土であると考えています。個々の学生の心に底によどんでいる「未来への思い」を引き出し、一緒になって、次代の科学技術の“たね”を生み出すことが必要だと考えています。

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